*己をざらっと整理*

2009年10月12日 (月)

方向性を模索していたけども

F.アルディのこの曲をカラオケボックスにてフランス語風味で歌うことは近年ご無沙汰ですが、
戸川純の日本語詞のこの曲を歌うことも近年してないです。

どちらも十代からわたくしの基礎となった曲ですし、戸川純のほうは遠慮しながらも心を込めて歌ったら「合いすぎて面白い」と友達に笑って褒めてもらえた(?)思い出の歌です。

わたくしにとってお笑い芸人は己を深くみつめる為の鏡であり、道標でもあります。

めでたくつい最近、わたくしの芸風が、スタイルが自分の中で整理され、掴めてきましたので、記念の祝福ソングとして、ここにUPいたします。

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2009年9月 1日 (火)

映画出演インタビューその3

(※実はmixiで2年前、その1とその2を書いたのですが、精度が低く推敲も面倒ということで、先日のインタビューのみを掲載したいと思います。)

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アンバー・タカコフスキーです。最近急に仕事が増えてきまして、それはもう不況の影響でギャラの安いわたくしが主演できるものが増えたというわけなんですが。

今まで艶笑喜劇、ワイヤーアクション、家族ドラマ、とやってきたわたくし。とうとう股旅モノのお話が来ました!

大仏次郎の原作に惚れた監督ジャック・ドワイヨンが、脚本に井手俊郎、撮影に岡崎宏三、美術は中古智、音楽は林光にお願いし、弟を探す旅をする主役として、日系ロシア没落貴族出身のアンバーが、主演を務めさせていただくことになりました。

―今回は素晴らしいロケのシーンがたくさんありましたが、特に際立っていたのはあの清水公園でのアスレチックパークのシーンでした。
ア「あのシーンは子どもたちと一緒に遊ぶところをイキイキと演じてくれとジャックに言われて、何度も無邪気なふうを演じました。本当はあちこちが痛かったのですが(笑)」

―旅の途中でわらじを脱ぐ一家の親分を演じたのが山茶花究さん。とても味わいがありましたが怖くありませんね。
ア「以前共演させていただいたゲイリー・クーパーが、そのときに日本で温泉旅館の映画をご覧になり(注:おそらく「駅前」シリーズ第一作)、いた く感銘を受け、そこで山茶花さんを気に入ったらしいのです。そういった縁でわたくしもモナコでのパーティでお会いすることができまして・・・」

―口説かれた、と。
ア「いや…そういったことは。」

―今回の撮影中に、若頭で恋に落ちる役である佐藤慶さんとフライデーに撮られていましたね。
ア「他のスタッフも一緒だったのに、二人のところだけ写真になってました。映画の話に戻りましょう。」

―以前アンバーさんは渡辺文雄氏に個人的な相談をしていたと聞いてますが。
ア「お昼頃電話をさせていただいて、随分と相談し、アドバイスを頂戴いたしました。」

―みのさんではなく。
ア「そうですね。いちばん説得力があって、善も悪も見てきた方だと慕っておりました。」

―では「おもいっきりテレビ」の話はそれくらいにして、今回の作品のみどころ、是非読者にきかせてください。
ア「清水港に漁師になると言って出て行った弟を探すために、千葉県野田市の清水公園アスレチックパークでおもいっきり遊ぶところが、最も山場になっております。是非劇場で、臨場感のある子どもたちの無邪気な動きや声を存分に感じてくださいね。」

―ありがとうございました。公開は10月中旬予定。タイトルは『番傘道中 清水へ往けば』です。

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2009年8月 5日 (水)

いいこと考えた~♪

最近素晴らしいことがあったんだけど、だからこそ考えさせられて…、って元来考えるのが好きだから勝手に考えたんだけど、

わたしの希望がどうもヘンテコな方向にあるために、そんなの無理だと言い聞かせなきゃいけないように思って努めてしまってたから、
そうやって暮らしてるとちいとも面白おかしくないというか、
生きてるのに微塵も楽しくないように感じちゃって。

今までは何となく諦念プシガンガでやり過ごすのがかえって平穏で、居心地がよかったんだけど、
それこそ元来は昔から夢みたいなこと考えるタチで、
やっぱし希望の矛先が地球にそぐわないとしても、その気持ちを胸に、生きてくほうがパラダイス銀河だなと。

たいしたことしなくても、正直な気持ちを確信するだけで、晴れやかになるもんだ。
守りの価値観に自分を抑えつけてたら死んじゃう~。
だから近頃、過去を振り返るのは好きじゃないくせに何故か未成年時代を懐かしんでた。
どんなに孤立してても内心自信をもって負けなかったし、そのかわり比較や闘争に巻き込まれなくてすんだし。そのときの強さって「未来があるから」だったじゃんか~。

わたしなりに努力のしようがあるからがんばるよ。
己が観念的すぎるから吉田喜重とか勅使河原宏とか言うんだよ。
それで思い描いてた自分になっていってるんだから!

さて、病院へ行くとするか。

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2009年7月19日 (日)

間違いのほうが正しかった

ひとりが当たり前で、恋愛関係になった事は“何かの間違い”だったとずっと思ってきたけど、

それがどうしてなのか、ちょっと気づいてきた。

その理由は、性的な気持ちが湧く相手となかなか出会わないからだ。

今まで他の理由ばかり考えてきたけど、本当はもっと単純なことだったんだ。きっと。

このひといいなと思っても、「我慢できない」ほどの気持ちが起きないから、頭では仲良くしようとしてるのに、なんかギクシャクする。

―それだけ重要視しているというわけなんだけど。

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2008年9月 4日 (木)

夜空のメンズ

九月は十五夜、お月見ですね。今年は14日(日)だそうです。

今回は自分を月に例えて、合うタイプの男性と惑星に思いを馳せてみます。

このジャンルに夢も希望も持てない自分に喝を入れますヨ! では始めます。。。

わたしは月。 (ここに異論を唱えると次にいけないのでよろしく)

まず太陽さんは明るいですが、まぶしくて苦手です。自己主張が激しいというか、圧迫感があります。

土星さんはあの輪っかが格好付けマンな気がして…。斜に構えてるというか。輪っかのせいで軸のズレがバレバレ~。

金星くんは金メダル獲るために上昇志向が強いお方。そんな彼をサポートするのはすごく大変そうで、もっと心に余裕のある女性が良いのでしょうね。

水星くんは、瑞々しくて気が若そう。感性があってフットワークも軽そうですし、周囲の物事に敏感なイメージ。ずっと刺激を与え合える良いパートナーシップを築けそう♪

木星さんは大きな惑星ということで、温和でおおらかな印象を抱きます。多分包容力があって、気立てのいい人ですよ。わたしも影響を受けて安定するかな~。

火星くんも、グツグツ燃えたぎる感じが好み。炎でもちょっと暗めというか、水面下からエネルギーが噴き出しそうな勢いがス・テ・キ♪

地球くんは地に足がついていて常識人で、良いなとは思いますが、やはり音楽性の違いということで解散でしょうね…。

海王星とか自分にはイメージが湧いてこない難しい惑星は今日は置いとくとして…、まったく本当の惑星の機能や意味など関係なく、勝手に使わせてもらいました~。

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2008年8月23日 (土)

ざらっとタイプ、ざらっと気質

ちょっと休憩して過去を懐かしんでみます。自分用。CD探したり考えてたら楽しくなってきたから。

中学高校くらいはコピーバンドをやったりライブハウスに週一は通ったりしていましたが、それは追っかけできる、リアルタイムで活動している人たちが対象になります。まさに、いちばん追っかけてたバンドのうちの一人が『アイデン&ティティ』の楽屋のシーンでチラっと映っていたように、わたしもさーっと去っていった移ろい易い十代の未熟者でした。

洋楽もルーツ音楽という形で聴いてました。60年代が好きだというのは宝島から気づいたのでした。そして間もなくCutieが創刊。当時周囲の男子どもからは「ブスが多い」と言われた領域でした。

でもわたしが「日本人でよいのだ」、「東洋は素晴らしい」とミクロの単位で自信を持たせてくれたのが、アーリー80’sというか、簡単に言うとYMOが世界的有名人になった時期の音楽を、CD復刻として聴くようになってからでした。

ちょうど中学のときCDへの移行が浸透し、高校くらいはレコード音源の復刻が盛んになりました。そこで何故か60年代よりまず、ムーンライダースやプラスティックスやゲルニカ、矢野顕子、野宮真貴等に感激したのです。つまりは後追いでこの辺のブンカを知るにつれ、浅~くハマったのです。高校の図書費で『構造と力』を買ってもらって借りたのに、まったく読めずわからず、「全然読めませんでした」と言って返したのに褒められたのは良い思い出で(これが当時流行ってたってどんな世の中だ?)、ツィギーに代表されるメイクが無理だと受け入れて切れ長のアイラインに希望を見出したのも革命的でした。サイボーグだと言い張りだしたのも認識してる限りではこの時代、つくば科学万博に何度も通った小学生の頃で、カプセルやプロテインで食事を済ましていた自分を肯定できました。あと資生堂のポスターが中学の友達の家に貼ってあり、聞いてみるとお母さんが「キレイだ」と言うから…というのも衝撃的事件で、日本語の文字が書いてある宣伝物なのにキレイだなんてカッコイイじゃないか!と。そこから後々グラフィックデザインに興味を持って美大に入ることになるのですが(結局専攻は変えたけど)。それまでにない女性の価値を創造して提案してくれた、という印象が強かったです。りょうなんか自分も化粧しだした年頃だったのでビックリでした。

あまり深く掘り下げられない気質なのでそーんなに詳しくならない(しかもイロイロ忘れてる)まま今に至るのですが、戸川純の『遅咲きガール』がいつまでもカラオケに入らない世の中はいかがなものかと思います。(もしどっかにあったらごめーんね)

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2007年9月11日 (火)

また無駄話で力説

わたしは昔から格好や身なりで雰囲気がガラっと変わると言われてきました。

何を着てもそのひとーって感じがブレないひともいますし、昔はそういうのこそ個性と思ってました。

でもわたしは逆にいろんなタイプになれちゃうことが楽しい。だから自分独自のスタイルを自分自身の個性とイコールにはしません。

要するに何を着てもそのひとらしい、そのひと自身の個性が出ている、ということが、個性的とは限らないということです。

わたしは服装や髪型、メイクなどでそのときの自分のテーマを遊びます。大体の趣味は変わりませんが、日々自分好みの幅の中から組み合わせを選び、それを着たとき心持ちまで影響して、キャラというか、自己認識まで少々の変化が起こります。だから結果的に雰囲気が変わることが多くなるのです。

でもだからといって、わたし自身の個性が揺らぐわけではありませんし、例えばキャラのような表皮(角質などの層)の部分が変わったところで何ら影響はないのです。だから印象が変われることがうれしいし楽しめる。角質は代謝によって剥がれ生まれるものですから。

ですので格好、身なりの変化を遊ぶことは単なるふぁっしょん遊びであって、ガチガチにがんばって繕うお洒落ではありません。ゆとりをもっているつもりです。

お金に余裕があるからお洒落ができるというものではない。ここで言いたいゆとりというのはお洒落に対する気持ちの問題。

昔々エマニュエル・ベアールが眉毛左右合ってなかったことにひとり感動しました。

当時の日本は“メイク魂に火をつけ”られていて、有名人の眉毛プレートなるものが流行っていました。一部の美容ファンのみならず、必死に「眉毛がいちばん大事」と謳われていたときでした。

確かに眉毛で垢抜け感が変わります。アナスタシアにも数パターンの眉のプレートが売られています。でもそれはアメリカの美意識。ムダ毛処理に完璧を求める傾向はそちらから入ってきたもので、それらを否定するつもりはありませんが、そのひとに合う眉を見つけるならプレートは要らないし(実際、無しでもいいとBAさんに言われました)、そんなわたしは魔法のような理想の眉を天下のアナスタシアにゆだねる資格がないのかもしれません。

まったく左右合ってないベアールの眉の形、友達に言うと、「でもやっぱ大事だからね」と眉大事説を相変わらず主張していました。そりゃそうなんだけど。

別に真似してわざと大げさな非対称にすることもないのですが、フランスの女のその気分がカッコイイじゃん、てことだったのです。たかが眉で他者からのレッテルが左右されるような自分じゃない、というカッコよさ。(本気で眉を意識していない方には滑稽な表現ですが)

彼女だっていっつも非対称なわけではないのです。たまたま印象に残ったそのいい加減さにガチガチではない女の洒落っ気を感じたまでです。10年ほど経っても忘れません。

ルールがあるようでないようなふぁっしょんの世界、わたしは気ままに遊泳していたい、と思っています。

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2007年8月23日 (木)

ミューズについて

ちょっとこのブログ、くつろげないような感じがしますし、のんびりお茶菓子とかあるわりには脚を崩してはならない空気があるように思いますので、新しい話題も書いていくことにしました。見切り発車だけど。

わたしはハタチくらいのとき今は無き銀座7丁目劇場、渋谷公園通り劇場に通っていました。(主に銀7) 売れようとしてる芸人、不器用な芸人、おもしろくないことをいじられる芸人、いろんな芸人さんがいました。

大体1回2時間の中で6組の芸人が出て、あと先輩と一緒に出るために黒い上下で芸をやりお客にアンケートさせておもしろいのが先に私服に上がっていくコーナーがあるような、つまりは一度にいろんなタイプの芸人を見るような形になっていました。もちろん毎月恒例のイベントもあり、一月まるまる誰かしらが出ていました。いわゆる単独ライブは一大イベントでして、そんなにはやりません。だからたまに客が多くなるので劇場を変えて行われたりしました。

わたしの場合、まず外見でした。芸人を見るのに、異性として魅力的かどうかという目で入りました。顔立ちのつくりよりも全体の雰囲気で。まさに若い女子が考えることです。

そういうことから入った劇場通いも、段々と育てていくというような懐の大きさを学んできて、客が少ない日なんか余計に「わたしがいなければ…」的な考えも生まれました。お客が入ることで場数を踏み、出演回数も増えることと思いますから。

おもしろくないときもありました。露骨に反省してるような顔をする若い芸人の男のコもいましたよ。つまらないならつまらないで、それもまた次に期待してスグ観に行くような日々でした。ただ外見がよいというだけでここまでがんばるかというほどに、ほとんど最前列か5列めまでのごくごく近い席で、応援していたのです。

何故にそこまでするのか。当時はまったく考えていませんでした。好きだからに決まってるのですが、いくら銀座の道を一緒に歩けるくらいの近い芸人さんだからって、お付き合いできるわけでもないのです。ちょっと話せたからってなんだというのでしょうか。

やはりわたしは芸人になれません。しゃべりが下手すぎます。これ以上のオチはないだろうというようなネタでも、「それで?」と言われる程度の人間なのです。内容がおもしろくないのではなく、構成、持っていき方、間や表現力が無いのです。たまにウケることもあるのですが、非常に場の空気が暖かく、非常に風向きがよかった稀有な例です。

そこでわたしはなにゆえに芸人さんに夢中になってきたか、しかも異性として見てきたか、幼稚園の頃初めてファンになった加トちゃんを男としてカッコイイと見ていたか、ここ数年の「嫁ブーム」で気づかされたのです。

鬼かどうかはひとぞれぞれですが、「芸人の嫁」というポジションは最高の栄誉です。

自分におもしろい技術がなくても、惚れた芸人に話題を提供できる。弁当作っても笑いに協力できるのです。

つまりは芸人のミューズです。

偉大な芸術家、作家たちにはミューズと呼ばれるインスピレーションの泉のような女性がいました。十代の多感な時期からセルジュにとってのジェーンになりたい、ゴダールにとってのアンナに、嫁でなくても周辺の創作家の中のイーディやマリアンヌの存在自体が歴史や活動を刺激していたのです。だから就職を考える年頃には「アーティストにインスピレーションを与えられる存在」という職に就きたかった。

もちろんこんな話は現実化されるわけでもなく、しれーっと過ごしているわけですが、とにもかくにもこのような夢があったというのは紛れも無い事実なのです。

芸人の嫁はオイシイです。失敗したって旦那が戦場で笑いを取るキッカケになるのです。ダメダメでもアホアホでも、かえって旦那はネタにします。

あのポジションは難しいし、ちょっとやだし、かなり大変そうですが、素晴らしい存在価値だと確信します。

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