ちょっとこのブログ、くつろげないような感じがしますし、のんびりお茶菓子とかあるわりには脚を崩してはならない空気があるように思いますので、新しい話題も書いていくことにしました。見切り発車だけど。
わたしはハタチくらいのとき今は無き銀座7丁目劇場、渋谷公園通り劇場に通っていました。(主に銀7) 売れようとしてる芸人、不器用な芸人、おもしろくないことをいじられる芸人、いろんな芸人さんがいました。
大体1回2時間の中で6組の芸人が出て、あと先輩と一緒に出るために黒い上下で芸をやりお客にアンケートさせておもしろいのが先に私服に上がっていくコーナーがあるような、つまりは一度にいろんなタイプの芸人を見るような形になっていました。もちろん毎月恒例のイベントもあり、一月まるまる誰かしらが出ていました。いわゆる単独ライブは一大イベントでして、そんなにはやりません。だからたまに客が多くなるので劇場を変えて行われたりしました。
わたしの場合、まず外見でした。芸人を見るのに、異性として魅力的かどうかという目で入りました。顔立ちのつくりよりも全体の雰囲気で。まさに若い女子が考えることです。
そういうことから入った劇場通いも、段々と育てていくというような懐の大きさを学んできて、客が少ない日なんか余計に「わたしがいなければ…」的な考えも生まれました。お客が入ることで場数を踏み、出演回数も増えることと思いますから。
おもしろくないときもありました。露骨に反省してるような顔をする若い芸人の男のコもいましたよ。つまらないならつまらないで、それもまた次に期待してスグ観に行くような日々でした。ただ外見がよいというだけでここまでがんばるかというほどに、ほとんど最前列か5列めまでのごくごく近い席で、応援していたのです。
何故にそこまでするのか。当時はまったく考えていませんでした。好きだからに決まってるのですが、いくら銀座の道を一緒に歩けるくらいの近い芸人さんだからって、お付き合いできるわけでもないのです。ちょっと話せたからってなんだというのでしょうか。
やはりわたしは芸人になれません。しゃべりが下手すぎます。これ以上のオチはないだろうというようなネタでも、「それで?」と言われる程度の人間なのです。内容がおもしろくないのではなく、構成、持っていき方、間や表現力が無いのです。たまにウケることもあるのですが、非常に場の空気が暖かく、非常に風向きがよかった稀有な例です。
そこでわたしはなにゆえに芸人さんに夢中になってきたか、しかも異性として見てきたか、幼稚園の頃初めてファンになった加トちゃんを男としてカッコイイと見ていたか、ここ数年の「嫁ブーム」で気づかされたのです。
鬼かどうかはひとぞれぞれですが、「芸人の嫁」というポジションは最高の栄誉です。
自分におもしろい技術がなくても、惚れた芸人に話題を提供できる。弁当作っても笑いに協力できるのです。
つまりは芸人のミューズです。
偉大な芸術家、作家たちにはミューズと呼ばれるインスピレーションの泉のような女性がいました。十代の多感な時期からセルジュにとってのジェーンになりたい、ゴダールにとってのアンナに、嫁でなくても周辺の創作家の中のイーディやマリアンヌの存在自体が歴史や活動を刺激していたのです。だから就職を考える年頃には「アーティストにインスピレーションを与えられる存在」という職に就きたかった。
もちろんこんな話は現実化されるわけでもなく、しれーっと過ごしているわけですが、とにもかくにもこのような夢があったというのは紛れも無い事実なのです。
芸人の嫁はオイシイです。失敗したって旦那が戦場で笑いを取るキッカケになるのです。ダメダメでもアホアホでも、かえって旦那はネタにします。
あのポジションは難しいし、ちょっとやだし、かなり大変そうですが、素晴らしい存在価値だと確信します。
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