ちょっと頭の中ではっきりしない問題を考えてみます。
一発ギャグってどこがおもしろいのか?
こういう質問に答えるのは難しいと思ってました。理由付けがしづらいんだもの。
つくつくぼーしつくつくぼーしだとか、そんなの関係ない(“ねえ”ではないと思います)だとか、なるほどなるほどなるほどなだとか、これらのギャグに理屈がいるのだろうか…。
何故おもしろいのか?それは笑ってまうから。笑わせられてしまう。彼らの強引で、自信を持ってやりきる、堂々とした一瞬の迷いもない言動。そこに集約されている何の脈絡もない創造性はわたしには計り知れない。
おもしろくないと思い、笑ってしまわなければ、おもしろくないということになる。別にみんなが笑っていなくても自分がおもしろいと思い笑ってしまったらおもしろいのだ。
上記の3つはただ思い出したのを挙げただけでどうのこうのというわけじゃない。でもここに当然、欧米か、は入らない。
漫才の中のよく出てくるツッコミは売りにはなっても決してそれだけで笑いが取れるとは思わない。そのひとことだけ求めても、「ねえねえあれやってよ」とねだる子どもと一緒だ。
往生しまっせ、が売りにもかかわらず何故か近頃チッチキチーが広まっていた。漫才じゃなくバラエティ番組やCMにまで一人歩きできる(またはしてしまう)のは一発ギャグなのだろう。
こういうものは理解するものではなくどこがいいのかという疑問すらヤボのように思う。
様々な身の回りの物事に好奇心をもって敏感に反応し、独自のフィルターにかけてさも新しいコトのように発表する勇気とその場の空気とが、丁度いいさじ加減で生み出される奇跡のように繊細な創造物なのだ。
このように考えるわたしもヤボであり、才能はない。でも、誰も笑わないギャグでひとり笑ってしまう時の自分の感性を疑いたくはないのだ。
そしてお茶の間ならいいが、小さな劇場でライブで前の席で、芸人が話してる途中の段階でクスっと笑ってしまうことが多かったのは非常に反省すべき点で、芸人潰しの客と蔑まれたとしても文句の言えない愚行だったと思う。
「アイツは空気が読めないヤツだ」とよく巷で盛んに言っているけど、本当に空気の読めるひとって一握りの天才だよ。
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