ま行の映画

2009年7月 1日 (水)

ほんとに「うたのため」ですか…??

「もどり川」'83 神代辰巳 を鑑賞。シネマヴェーラです。

実在した(※)大正歌人の度重なる心中模様、娼婦たち、女たちの情念や退廃ムードが好きなわたしには目がよろこぶ作品でした。 大正デモクラシーな革命の熱や、関東大震災の混沌、歌壇のパーティでの議論や批評、通称もどり川での渡し舟での心中未遂事件などなど…、美術や撮影にお金がかかってるようにも思えましたし、役者陣も艶やかさがあって、豪華な印象を受けました。

化粧や着物の色が濃くて、肺病の妻だろうが音大のお嬢様だろうがとにかく女優はみな熱演だし、ドタバタ動くショーケンは誰に向けても色気を出すし、フトンシーンの応用もさまざまなバージョンがあって、障子の影越しに破って…とか、渡し舟の上で取っ組み合ってあぁ…とか、人力車の中に飛び乗って…とか、娼館や旅館じゃなくても楽しみようがあり、やっぱ映画にするときはこういうシーンがパッとして、いいよなぁと思いました。女たちの愛する男への衝動や情欲が凄くて、その淫靡さに、革命家が放つ手榴弾並みの破壊力を感じました。

実在した人物の伝記のようなお話も、こういう情念シーンを拡大させて見せてくれたおかげで、人ひとりの人生を描くという大仰ゆえの肩透かしがなく、男女の絡み合いをまざまざと観て全体の雰囲気を味わうことで楽しみました。

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( ※ 実在した、というのは、映画内で字幕に書かれていたからそうかと思い込んだのですが、調べてみたらこの“苑田岳葉”という人物は実在していないようです・・。09,7,7 追記)

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2009年4月22日 (水)

おもむろに動き出す

久方ぶりの劇場鑑賞。ノってきたかも!?  「もず」'61 渋谷実 「喜劇 駅前旅館」'58 豊田四郎 「負ケラレマセン勝ツマデハ」'58 豊田四郎  新文芸坐にて。

『もず』 は、有馬稲子が娘、淡島千景が母役。どちらも見事なまでのすれっからし。ワケあって一緒に住めないまま終戦をまたぎ、東京で20年ぶりに会った母娘は、複雑な感情を持ってしまうようで、お互い思いやっていながらもそれを素直に表せず、かなりの激しい喧嘩がたえない関係。 素敵な構図がちょくちょく観られますが、お話がなんせ苦労してきた母娘の愛憎劇なうえに台詞や動作が芝居上手風情なので、人情モノとしてフツーに観ました。 時代的特徴を取り入れる作家魂と俗っぽさとのバランスが微妙に発揮できてない感じを受けました。

『喜劇 駅前旅館』 は、軽く楽しく観ました。 も~森繁サンがモテるのは当然でしょー。「やっぱいいよね~森繁サン」とライバルの女性と話ができそう。 ドライ美人淡路恵子のお色気は個人的に好きだけど、夜の墓場で森繁サンが言ったコトは納得しちゃった。ロマンとかプライドとか考えるとやっぱウェットな淡島千景がお似合いなんだね。素敵だと思ったよ。男性陣は何かあると必ず彼女がやってる呑み屋に集うもんね。 番頭としての腕を競うとか、仲間で慰安旅行するとか、団体客とのゴタゴタとか、厳しい女工の掟とか、学生たちとフランキー堺のエアロカビリーな一夜とか、上野界隈の変化とか、酒が入った悲しい姿とか、一発かましてやる捨て身な男気とか、けっこうイロイロあったなぁ。

『負ケラレマセン勝ツマデハ』 は、森繁サンと望月優子の夫婦のやりとりはいいなと思いました。似た者同士でテンポが良い会話ができる楽しい夫婦って好きだな。 伴淳三郎のヘンな演技も楽しいし。 でも税金がどうとか公金を使ってどうとかお役所仕事に対して抗議するとか、そういう市民の叫び的なストーリー部分のモロモロは、あんま好みじゃない笑いでした。

…もう寝なきゃ。

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2009年3月15日 (日)

もう天才のばか~

引き続き新文芸坐での錦之介映画祭りにて 「水戸黄門 天下の副将軍」'59 松田定次 と 「風雲児 織田信長」'59 河野寿一 鑑賞。

『水戸黄門 天下の副将軍』 は、誰がどっちの味方かな?と思いながら飽きさせず、楽しかったです。 お話全体に数々のエピソードが味を出していて、楽しめます。

やはり錦之助さんが登場してからが見どころなんですが、ご乱心あそばしてる風を演じてる錦之助お殿様が本当に素敵で…。 狂気といってもカワイイし、楽しそうだし、一緒に遊びたいタイプです。 なので子ども(歳の離れた弟)にも慕われ、お父さん(水戸光圀)にも幼少時は甘やかされたらしく、愛されるというか、イイ子に育ったなぁと感心してしまうような不思議なお人柄でした。

長年仕える女性(美空ひばり)だけに心を開く孤独な環境で、やっと会えたお父さんとラストで二人だけにしてもらったときに、「膝まくらしてこのまま甘えたいナ」なんて言う錦之助さんには底知れぬ魅力を感じずにはおれず、こんな男のコならいくらだって甘えさしてやるぜーーーとたまらなくなりました。 当然お父さんの黄門さまも、今までつらい思いさせてごめんよとかわいい息子に優しく微笑んでいて、このときの月形龍之介と錦之助さんの絡みは素敵でした。

出てくる人物はそれぞれコミカルな個性があって、たくさんの人と関わりがある丘さとみのおにぎりを使ったキュートっぷりとか、番頭役の大河内伝次郎が目頭のアイラインを切れ込んでいないためにほのぼのして可愛らしい肌着姿が似合っていたのは楽しみのひとつでした。

『風雲児 織田信長』 は、真面目に凄い歴史上の人物の役なので、わたし好みかどうか少しだけ心配でした。日本史(世界史も)が非常に苦手というのもありますし。 でも錦之助さんの演じる信長さんの魅力は愛らしく愛おしく、戦の時のぐおーーー!という凄味は大きなスクリーンを埋め尽くしてました。 馬でぱっぱかぱっぱか走るとか、海に入っていって泣き叫ぶとか、広々とした光景にさえ納まりきれないダイナミックな彼の人間的魅力に興奮します。

香川京子は信長の奥方役なのでしっかりしてキリっとした表情をなさってるのですが、信長が立派に着替えて、今までのやんちゃっ子みたいな魅力を終えた大人の男気あふれるお姿に心から変わったのを知ったとき、メロメロ~となってうっとりしたお顔で寄りかかるのを見て、素敵よのぉと納得納得、でした。

織田信長って怖そうな、暴れてばかりの、近寄りがたい人物像をイメージしていたので、錦之介さん演じる信長がワイルドなだけでなく色気と食い気と頭の良さを魅力的に表現していて、いかにも男性的な男性が苦手なわたしも、強い男ってイイのかも、ととろけそうになりました。 策略も人柄も親父のように信頼できた爺(月形龍之介)への思いは、「じい、じい」という孤独な叫びと共に切なく、涙しそうになりました。 台詞のひとことひとことがグッとくる、さすがです。 最初の方の信長が、荒くれ者なのにチャーミングでたまらないのは、錦之助さんの喋り方が面白いからですよ!ユニークな男・信長って感じ♪

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2009年2月11日 (水)

無理めな偶然を実証させろ

「緑の光線」'86 エリック・ロメール を日仏学院で。

鑑賞後、わたしにはちょっとした運命的な、偶然の、象徴的な、何かを信じることがあるかなぁ…、と考えてみたけど、この登場人物のようにはラッキーカラーや星占いやトランプカードなどを信じているうちに入らなかったかな、と思った。 わたしも占いとか診断ものとか心理テストとか楽しいし見るの好きだけど、その結果が現実に影響したり、現実に繋げようとするところまではいってなかったから。

女同士の会話は鋭くてうるさくて面白い。主人公を捉える目線が少々コワくムゴいけど、結末は希望の光と優しさが感じられるようになっている。あ~よかったとホっとしちゃった。

神経過敏になって自らを追い詰めてもうこのままじゃ惨めで哀れなまま終わってしまう、それじゃあ女を意地悪く映してるだけじゃないか、と思うか思わないかぐらいのところで、流れは良い方向へと追い上げていき、“緑の光線”というものを知った主人公が“それら”を目にする現実を発見するというところまで持ってってくれた。 こんな結末はうれしい! こういうタイプの女性には恋多き友人たちの数々のアドバイスはかえって悪影響だし、観客としてもこの女性どうなっちゃうんだろうと興味があったしね。

どんなタイプの女性かという描写はコワくムゴいぐらいだからイヤってほど伝わる。 だからありえないサクセス思考な夢物語ではなく、ジンクスに興味が無い自分も、実際信じている予兆や暗示から確率として当たるんだなぁと思った。 とりあえずここでは宗教や議論で答えを出すのではなく、普段の行動から地に足をつけた状態で偶然性をキャッチする。 この作品中の答え、つまりは諦め半分な出会いも、そこへ行くまでに何段階もの幸運の証を見つけていて、これだけ証を積み上げていれば、その結末は幸運の証の延長線上にあるということが感じられる。

ラストの日没時、その一瞬の証を見るために98分を費やしたこの境界線のない映画は、痛々しさと希望を併せ持つ目線をもった「若い3人の女性スタッフによる即興的な」演出が必然だったのかな、と思ったよ~。

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2008年5月15日 (木)

きっとこの時代でよかったんだ

51daayd1bwl_3 とうとう「(秘)色情めす市場」'74 田中登を鑑賞してきました。ラピュタにて。

たまには画像も入れたいなと思い、CDジャケットですがコチラをUPしますね。(この作品だけのサントラじゃないけど)

コレ、カッコイイですよね。

作品自体の構図もカッコイイものばかりでしたよ。

観終わったあとは全然芹明香っぽくもないのに何となくそういう気分に浸りたくなりました。

で、この作品、ホントすごく良かったです。すっごく好きだな~と思ったので、言葉にできるのか心配しちゃいました。とにかく観て感じることができて嬉しかったです。リアルタイムだったら女のわたしは観に行きづらかったんだろうと思うと、常々生まれる時代を間違えたと言っている自分も、これでよかったのかなと思えました。

トメ(芹明香)はお母さん(花柳幻舟)も同じ商売で、病気の弟(夢村四郎)がいます。外に出れない弟に対しては母性溢れる優しい仕草や表情で慰安し、外界の売春斡旋女将である絵沢萠子には反抗したいとうらぶれます。

母の男とも関係し、そこに被害者意識は感じません。お母さんじゃタタナイと言う情夫や、チェンジしてくれと訴える客に、楽しもうな~と代わります。

彼女の唯一長生きしてほしいと願う弟が、こんにゃくだけでなく彼女のお口を添えられて感じたしあわせのあと、一人で高い高い所へ彷徨い歩き、道連れのニワトリを飛ばせようとするシーン。カラミがないのに長かったので、考えながら見入りました。そしてとうとう狭くてひとけのない商店街から誰も高くて行かれないところへ飛んでいったのです。

「一緒に行かないか」初めて男に言ってもらえた嬉しい言葉に彼女は「ここが相性ええんや」と振り切りながら微笑みます。この街が自身を表すように、否定もできないし逃げてくこともしないのです。

はらんでもお金が必要だからと男を捕る母の嘔吐の醜さに、目をそらさず自分や弟をかぶせて冷静に考えてしまう彼女の虚ろな表情は、憂いを含む強い美にぴったりだと思いました。ただのアンニュイには出せない迫力を感じます。

実際芹明香の顔は吹き出物だらけの美人とは言えないタイプの造り。ケバイ化粧に痩せたカラダ、くしゃっとゆるいウェーブの髪は、何がどうと言えない女臭さがあります。

その臭みが映画全体にたちこめていて、たまらない汚し美となってフィルムに収められていました。

70年代に生まれた子どもは90年代のバブル後よく言われる失われた十年とされる時期に青春を迎え、正社員になれずそのまま流れ、いつも犯罪や鬱屈した心をニュースで密かに共感していたわたしたちは、この年頃になってもやる気がない世代という独特のムードを他世代から見ると感じるのだろうと考えもしていて、そういう何ものかを表現してくれてる映画を74年のロマンポルノ作品に見つけると、特別な縁さえも感じてしまうところがありました。影というか裏のような気持ちで生きてる感があるのは世代的特徴なのかよく知りませんが、若いミュージシャンが売れることを躊躇しないのに驚くこと自体、少しだけ線が引かれる部分かもしれません。いくら年齢なんて関係ないと言っても何ものかが違ってるのは仕方がないなと思います。

追記::トメが魅かれた男、「一緒に行こう」と言ってくれた男は、指名手配の顔によく似ていて、そうだったらいいのにと思っています。ちょっとコレ書きたかった。 05/17  22:10

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2008年2月 2日 (土)

コツコツやってたのだ

引き続きアテネにて。まとめて。

「まごころ」'39 成瀬巳喜男

子どもが移動でとことこ走るシーンがやけにいちいち映されるな~と、チャラっと場面変えちゃえよとか思って少々退屈しながら観ていたのですが、ラスト、怪我で足を引きずりながら長い道のりを進むのを観て、退屈な疲れは完全に取れ満足感でいっぱいに。納得できればラストスパートはすごい追い上げようです。

嫌なタイプのお母さん(あの村瀬幸子さんです)は旦那の元恋仲入江たか子やら学校の先生やらいろんなところで嫌がられる言動をいたしますが、旦那にも出征するほうが都合がいいとまで言われる始末でした。でも修羅場になるような場面をこんなにコミカルに見せるのは楽しいですね~。いちばん惨いこと言われるシーンがいちばんみんなを爆笑させていました。なんかすごくないですか?こういうの。真面目な教育的匂いがしてる映画なのに。 をはり。

「鶴八鶴次郎」'38 成瀬巳喜男

鶴八(山田五十鈴)はすごく良くできた女で少々ムキになりやすいところ以外はこんなに芸があって気の合う相棒はいないです。なのに、鶴次郎(長谷川一夫)のバカバカ~~。最後の喧嘩は計算された茶番ですが、その後の反応や経過がすごく気になって…まだまだ先が観たかったです。

芸人好きのわたしには芸道ものは楽しいです。 わたしも鶴賀亭のような劇場作りたいです。2人がちゃんと自分やお互いの将来を考えていたのは偉いなぁと。芸の~ためなら~女房も泣かす~とかいう歌もありますが、本当に愛があるなら芸のために愛を殺すんじゃなく、相手のために自分が泣くのさ~。

観終わって外に出ると空が暗くなっていたので帰りたくなり、夜の映画をやめてきました。わたしは子どもなのか、それともおばあちゃんなのか。 終。

「三十三間堂通し矢物語」'45 成瀬巳喜男

何とか観に行けましたが途中でうとうとしてしまいました。長谷川一夫が言うように、田中絹代のスジは間違っていませんが、彼女が大事にしすぎた市川扇升の言うことにもちゃんとスジがあります。男同士、いろいろあるけど頑張って良かったね!という感じです。こんな感想ですまぬ。 完。

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2008年1月24日 (木)

妙な楽しみ方にハマる

わたしも観てきました~ 「妄想少女オタク系」'07堀禎一 

近頃ちゃんとした作品を観なきゃという向学心と、遠くまでがんばって観に行くほどでもないスベリ映画とのハザマで揺れ動いていたわけですが、

足場の悪い中、明らかに理解できなさそうな世界をスクリーン鑑賞しているうちに、興味を引くんだけど冷めて引いてしまう部分もあるこの作品、何故だか今後の行動に影響を与えそうです。

どこのお母さんの声も適当につけたような気がしますし、美少年とプールのキラキラ反射した光はかなりのわざとらしさですが素敵~とうっかり思いそうになります。でも千葉くんが言うように同性愛で楽しんでるような気がしたところではお堅いわたしは引きそうに。(意外とコスプレなどでは引かない)

この作品に対するちゃんとした感想はあまり浮かばないのですが、思春期にメガネをかけてたり実在しない人に憧れてたり流行や恋愛に興味がなかったりする彼女がラブストーリーから離れた存在だとしたら、わたしが「愛だの恋だのクソおもしろくねー」とかたまに思うのと大差ない気もします。

じゃあ自分と似た環境で似た特徴を持って似た浮世離れ感を漂わせてるとしたら、わたしは感情移入するどころか毛嫌いして受け付けないでしょう。

やっぱり自分ではないタイプが主役で、でもどこか共通点があって投影できるから、BLだと妄想することで気絶し、BLであってほしいのに自分に好意があるという現実が理解できないなどの細かい心理描写は意味がわからないにしても、考えさせられるところ(?)とかありました。今の女子高生や男子高生の微妙な恋模様に本気で学んでいます。千葉くんや浅井ちゃんを見て、男性にはお付き合いをするまでは優しくしないほうがいい、と思いました。(コレこの歳で一番感心したんだけど、間違ってます?)

現代日本の若者たち、青春映画(面白いかどうか怪しそうなほどいい)が他にも観たくなりました。興味本位かもしれませんが、妙に気になる存在に…。元来若者に憧れが強いのかも、自分。キャハハ~

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2007年9月20日 (木)

逆にプレッシャー、逆に

良かったものしか書かないというモットーもかえってキツイような気がしてきた。別にさらっと何かしら思ったことを書いてもいいんだよな、と自分に許可を出した。

先日またスベってるだろうと思いながら観に行った「銭ゲバ」'70和田嘉訓 、意外とおもしろかった。

それにしても簡単にばったばったと殺すよな~。女たちはそんなお前を哀れに思っとるのだよ。緑魔子さまは確かにお前を番犬扱いしてたさ。ミニのワンピースや水着で素晴らしい肢体をさらしてる魔子さまは今回ばかりはカラダを汚されても存在を崇拝され、敬愛され、美しい弔いを受ける。妻だって、母だって、お前に優しかったじゃないか。女はそう怖いものではないのだ。銭があるからではなく。

鈴木いづみも出てたけど、やっぱ良いカラダしてますよね~。それにヤバイ系女子の顔がいいのよ~。札がばらまかれたベッドを馬みたいに這ってる姿は、銭を追いかける卑しさよりも性的な匂いがぷんぷんしてました。

あぁ、「二匹の牝犬」が待ち遠しい。魔子ラブ。

「ミス・ポター」'06クリス・ヌーナン ってアメリカなんですね。てっきりイギリス資本だと思ってました。ああなってこうなってということを俳優使ってざらっと見せた、という印象でした。レニーの泣くのを我慢して笑う悲しさと悔しさが混じった表情や、作家ポターさんの意思の強い純粋な可愛らしさが、唐突に表されるだけのように思えたけど…。ウサギやアヒルに話しかけたり、勝手にお話作って遊ぶ少女のポターちゃんが、オトナになって本当に実現させちゃった!っていう、妄想の世界の住人には好みのタイプの話なのにな。

「ショートバス」'06ジョン・キャメロン・ミッチェル  これもメルヘンなのかな?駆け込み寺みたい。でも悩みが超個人的なものだけに言いにくい。「性行為って心の外科手術…」みたいな歌が流れてました。音楽は好きでした。そういえばおしっこを出したり止めたりを繰り返すのは、わりと普通にやりますよ。「階段をのぼるときはつま先立ちで」(ふくらはぎが引き締まるとか)などと同じように、効果があるのかわからないストレッチみたいな感じかしら。さほど期待はせず。

ではおやすみなさい。。

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2007年8月28日 (火)

久我を追うM

ケーブルTVにて「お勝手の花嫁」'55川頭義郎 を早朝6時から観て、その後身支度して仕事に行きました。

うちは録画できない上に観れる時間はこのときだけだったので、5時半に起きてコレを鑑賞。わざわざ。

当然、お察しのとおり、おもしろくはないです。

久我美子がお手伝いさんとしてヘンテコな家庭にやってきて、偶然出会った田村高廣と恋をして結婚する…という、久我ちゃんが主役で朝からカワイイものを見たということしか得るもののないような、ただそれだけ?のお話。1時間ちょっとの。

でもおもしろく無いなら無いで、もうちょっとイイつまらなさであってほしかった。

わかりやすく言いますと、ただスベってるだけで、スベったあとの余韻や腹の奥底からこみ上げてくるような笑いが出てこないスベり、というのがイマイチ満たされないところなのです。

その点、猛暑の中NFCへ足を運んだ「牝犬」'51木村恵吾 はなかなかのものでした。

おもしろくないのですが、おもしろかったです。京マチ子志村喬への言葉責めは見どころですかね。やはり。

フトンで喧嘩してるような体当たりの絡みは迫力ありましたし。ダイナミックですね。じいさん相手に。

ちょっとしか出ていない久我ちゃんの冒頭の寝起きシーンはすごく好きです。おかあさんが起こそうとしてもグズグズしていて、何か忘れたけど(バレエだっけかな)自分の興味のある話になるとムクっと起きてハッキリ目覚めるという彼女らしいコケットリー。演技じゃなくて天然ものなら略して天コケ?カワイかった~。

とまぁスベってる微妙な空気にハマってしまうと抜けられない、むしろこういうのはスベってくれることを期待してしまうような自分にとって、怖いもの見たさやグロいもの見たさと似たような意味で、スベりもの見たさという傾向があるという、ちょっとマゾヒスティックな感覚を楽しんだのでありました。

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2007年6月28日 (木)

「まぼろし」

「まぼろし」'01フランソワ・オゾン

こうして生涯ベストテンから書いていて思うんだけど、改めてわたしってこういうタイプの好きなんだね~。だからブログの名前も“憂愁の美”なんだけどさ~。

シャーロット・ランプリングは夫に海で行方不明・失踪される。その後も自殺らしいヒントが出てはくるけど、彼女は自分の知らない間に夫が悩み、自殺したとは考えられない。子どもはいないし、夫と二人、お互い解り合ってると思っていた。

夫が消えてから彼女は周囲からおかしいと思われるような行動ばかりをする。仕事を休みがちになるとか、カードを止められるほど買いすぎるとか、ひとりベッドで夫を思い自慰をするとか。でもそういうことは何も不自然じゃない。こんなことがあったらこのくらいの動揺があって当然だろうと思うから。

でも周囲がいちばん理解できない行為が、新しい素敵な男性との出会いを紹介されて、彼を受け付けない事。彼女の周囲は、もう消えて随分経っていて、死んだと思っていて、まだ若くて美しい彼女に次の恋があるのが“救い”だと思い込んでいるから。

確かに54,5歳のS・ランプリングは色気もあるし清々しく美しい。それに夫が消えてから経った時間の感覚というのは周囲と本人では感じ方が違うこともある。大体死んだと決め付けるのは彼女にはまだできていない。

彼女がラスト、海の、浜辺の、遠く向こうに見える夫のうしろ姿を追うために、それまで立ち上がれなかった、うちひしがれていた彼女が、夢中で起き上がり追いかけて走ってくシーンには、彼女にとってのしあわせ、彼女がいちばん信じるもの、彼女を動かす原動力が、周囲の人たちと摩擦があるにしても、ここにはっきりと見て取れた。

夫は死んだのだと思われる証拠(身元も判明できないほど傷んだ水死体がはめていた時計)を見ても、それが自分のプレゼントした物だと一旦判断しても、やはり彼女は否定する。もうどんな証拠を見せられても認めないな、と思った。

そう思う理由は、夫の母親(つまり姑)に「自殺した。自分にはわかる。」と言われ傷ついたから、悔しさで意地張って、認めないというような卑屈さゆえではない。卑屈どころか、単純で純粋だ。わかりやすい、そのまんま。夫が好きだから。

世間での様々な基準は何となくあるもので、彼女自身、それよりも自分の基準で生きているだけ。世間でいうところの“救い”は彼女にとって“足を引っ張る価値基準”でしかない。

わたしはあのラスト、本当にはっきりしていて好きだ。

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