溌剌とした将来の薔薇
「妻よ薔薇のやうに」'35 成瀬巳喜男 を神保町で。
まず人物の感情面としては、眉間にシワよせてインスピレーションなるものを作品に昇華する歌人である母(伊藤智子)が、性格的に遊び心やゆとりがなく、無駄を嫌うわりに体面を気にする見栄っ張りで、ちょっと共に暮らすには窮屈なタイプの女性。 なので男性はそんな妻より、温もりを感じる妾(英百合子)とその子ども二人を“家族”として、終生暮らすつもりでいる。 だから仕方なく一時的に妻の家に戻ることがあっても、娘が気を利かせて一緒に外に出かけてみても、堅苦しくてちっとも楽しめない。(ここでタクシーをとめるシーンがモガらしくハイカラ。スカートはまくらないけど。)
わたしもこの手の女性に魅力を感じないので父の気持ちはお察しします・・けど、ストーリー展開としては、利発な娘(千葉早智子)がこれはいかんと整理をつけるため妾宅に伺うと、これぞ幸福な家庭と思わせる様子を目にすることになり、愛人だけど妻より妻らしい(または母らしい)ことができている彼女を、正妻の家のことまで考えて気を回し、大変なのに隠して尽くしてる女性であったと知り驚き、「お母さんの負けね・・」という言葉が当然でもあり憐れみでもある台詞になってました。
そして物語の構成としては、娘は結婚を考えてる恋人(大川平八郎)がいて、ちょっと強気なしっかり者の魅力を振りまくんだけど、そんな彼女を中心に描かれた作品として、母と父の複雑な環境を整理したいところから、愛人と一緒に居る方がよいと決断する自分の心の整理まで持っていき、他のひとたちにとっては可笑しいと笑えるような問題も、将来結婚を考える彼女にとってはちっとも笑えず「見ようによっては悲劇だわ」と茫然として呟くように、いわゆる良き妻像というものをどこに据えるかを考えさせられた彼女自身の成長が感じられました。
だからって、モダンで綺麗でちょっと澄ましてる「東京のお嬢さま」の千葉早智子が、暗くなったり落ち込んだりするようなシーンは見せず、「お父さんの大切な人」としてぞんざいな扱いをされずに妾宅でもてなされる凛とした頭の良い女性として、最後まで自分に不利な結論でも導き出せる描かれ方をしていたので、ピシっとした筋のある作品に感じました。
義太夫を習いはじめた伯父(藤原釜足)が姪(千葉)に披露する愉快なシーンなどは、彼女にもユーモアがあるってことを見てとれます。恋人とのやりとりより好みだったな~。
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