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2009年9月26日 (土)

おそと鑑賞一ヶ月ぶりの己に捧ぐ

フィルムセンターで 「その前夜」'39 萩原遼 を鑑賞。

冒頭「山中貞雄に捧ぐ」から始まり、池田屋襲撃事件を近所の人々から見たかたちでお話が進み、身分とか立場とかとっぱらって混乱の時代に共に生きるそれぞれのエピソードを絡ませて戯れる、“人間て素晴らしい”群像劇です。

山中自身で監督できなかったとはいえ、彼の原案を、一緒に活動していた仲間たちで協力して意思を継ぎ、時代を置かず直後に作ったのもあって、“彼の思想”がよく出ている美しい作品に仕上がったんじゃないかな、と思いました。

出演メンバーが豪華というのも魅力的ですが、何よりお話の展開や視点も、登場人物たちの造形も、好みだし、とにかくおもしろかったんですもの。
逆境の世の中であろうと、立場を異にしていようと、恋もするし生活費も稼ぐ、不器用な性格ものぞくし素直に喜んでみせたりもする。そしてそれぞれが支えあって思い合う、そんな中で一筋の光を夢見るという人間なら当たり前の希望があって。

わたしは正直な話、殺陣が観たくて時代モノを観るんじゃなく、人間の交わりや感情の揺れ動きにグッとくる映画に出会いたくて観ているんだ。 だからしつこく何度でも言うけど、“敵同士としてぶつかりながらも最後は酒を酌み交わす仲になる”というシーンが大好きで、町人が集う小さな酒場で、ふと鎧を脱いだ本音が聞こえ、同じ人間というだけの共通項で自然と打ち解け、笑い合うことに美しさを感じるんだ。

思わず引き寄せられる風情や、様々な感情の起伏を感じ、味わうのが好みというのは自分でも気づいてきてはいるけど、それはある意味作品の豊かさにつながる無駄とか妙に変とか合理性の無さにむしろ魅力を感じてしまう気質があるからなのかもしれないなぁ。

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