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2009年6月22日 (月)

永遠且つ一瞬を願う為の享楽

ご無沙汰~。 「赫い髪の女」'79 神代辰巳 をシネマヴェーラで。 名作としてそもそも有名な作品ですが、今回やっと観ました。

この映画で主に動いてるカップル、わたしはこういう二人の性愛が好きです。二人の環境や立場は確かにストーリーを盛り上げはしますが、女(宮下順子)のとにかく触れていたい、戯れていたい心のありようが、もうズシっと胸をコチラ側まで刺しに来るんです。 ただただ画面が流れゆく時間を、まるで止まっているかのように、見つめることしかできませんでした。

彼女の謎を知りたいとか、この後二人はどうなるかとか、そういったことはこんなときに考えたくない、考える必要はないと思うのです。 何が続き何が終わるのか、じゃあそれが何になり何になったというのか、そんなこと誰も(関わるすべての人間が)わからないのです。 もしその時が訪れるとしたら凡庸な現実生活の転機を見せられるだけでしょう。

女は男(石橋蓮司)の帰宅を待つアパートで、彼の残り香を便りに耽る“準備”も、唐突に振る安売りスーパーの話も、二人の関係を欲望だの刹那だの夢だので描かれ語られることのない、現実の生臭い時間と空間を共にする共同生活を示していて、この男は、画面に出てこない夫の存在や、悪友(阿藤海)に嫉妬するエネルギーを使って、より密着度の高い性愛を女に与えられることもできて、お互いがより近く、溶け合うぐらいに共に暮らし、こうして今のような毎日が続くことだけを祈るように、何度でも行為をし確認しあうのです。

この男がこの女について、他人に見せる行動、又は行為中の罵りとしての台詞から、逆に惚れてるってーことがありありと見てとれます。 女が「ちゃんと(した姿勢で行為を)して」と何度もお願いして叶えられないシーンでは、何故だか涙がぼろぼろ流れ落ちてきて、男が職場で悪友に「犬みたいなもんだ」と侮辱的な表現をしながら女への熱情をその悪友によって導かれるシーンは、さらに涙でアイメイクが目に沁みました。 でもその理由を自分の中に探すつもりはありません。ただせつなく身体が反応したのです。

他にもカップルは何組か登場しますが、この二人の関係の危うさ、ストーリー展開の作為的な揺れ、どこに向かうこともない停滞した現在地などに、何げなく貢献する絡ませ方でした。

Adv_nikka00022_160 (←これからは画像、なるべく入れるね。)

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コメント

はじめまして。以前よりこちらのブログを拝読していましたが初めてコメントさせていただきます。

私もシネマヴェーラの「神代辰巳レトロスペクティブ」に通っていますが、「赫い髪の女」が本当に素晴らしくて、劇場で涙してしまいました(鑑賞自体は2回目だったのですが)。

この作品は、言葉で説明するのが難しい感情の揺れを自分の中に感じることができる、なかなか他ではお目にかかれない映画だと思います。そのためか、この作品の良さを表す上手い表現が出てこなかったのですが、貴子さんの描かれている文章を読んで、ああ、そうだなあ・・・と感じ入りました。

これからも楽しみに拝読させていただきますね。

投稿: yukazo_k | 2009年7月 7日 (火) 23時44分

yukazo_kさん

はじめまして。読んでくださってありがとうございます!!どうぞよろしくお願いいたします。

yukazo_kさん、神代さん網羅されてますね!ショーケンもお好きなんですネ。
「赫い髪の女」、これはもう涙が出ちゃいますよね…。
なんか原風景とか原体験とかを考えてしまうほど、原因がよくわからない反応が出てしまう、すごく素敵な映画で♪

こんなふうにもったいないお言葉を頂戴したのは本当に涙が出るほど嬉しかったです…うぅ

投稿: 貴子 | 2009年7月 8日 (水) 21時21分

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